日本通信株式会社 新卒採用

インタビュー

初めはアルバイトで入社。目の前の課題に真摯に立ち向かっていたから今の自分がある

1997年入社当時、誰が今の竹前を想像できただろうか。本人でさえ、そんなつもりはなかったという。

「日本通信にはアルバイトで入りました。Appleのときの同僚に声をかけられたのがきっかけです。ちょうど結婚しようというときで、そんなにバリバリ働くことは考えていなかったです(笑)」

入社当時から請求関係の業務を担当していた。当時のメインのビジネスは、法人向け携帯電話サービス(テレコム・サービス)。米国で作成した請求書を日本で確認していた。やがて、データ通信サービスを提供するようになり、日本で請求業務を行うようになった。

「私は当初からずっと請求業務に携わっていたので、誰よりも業務を理解していました。問題があれば、過去の経験からポイントがわかります。そのようなことが評価されたのだと思います。」

アルバイトから、課長を経てオペレーション統括部長に就任した。また、オペレーション部と同時に、コールセンター、営業管理、PRなどの責任者も兼任する。 順調な昇進ストーリーのポイントを尋ねるとこんな答えが返ってきた。

「何か特別なことをしたわけではなく、ただ目の前のことを地道にやってきただけですね。締め切りなどの約束は必ず守る、言ったことはやる、そんな基本的なことの積み重ねなのかもしれません。」

日本通信がSIMカードを販売するようになってからは、代理店管理の責任者も任された。ちょうどイオンSIMの販売数が伸び、取り扱い店舗が拡大していった時期のことである。

「ずっとバックオフィス業務のキャリアでした。それが、突然フロント業務を指示されたわけです。責任者なのでビビッている場合ではないのですが、代理店に営業活動したり、サービス紹介のプレゼンをしたりと、今更ながら初めてのことばかりでした。」

「決まった内容のことは話せても、取引先の方との世間話とか、何気ない会話では、何を話していいかわからなかったのです。三田さん(社長)には、「社内では威張っているのだから、外でも同じことをやってこい」と鼓舞されました(笑)。」

しかし、あるとき、自分はフロント業務もできるということに気づいたという。

「できるかどうかわからないのに、やらせてみるという思い切りのよさが、日本通信のすごいところですね。」

そして、2013年6月、入社以降ずっと支えてきたオペレーション部を後任に引き継ぎ、ファイナンスのファンクショナルオーナーに異動になる。

「いつまでもオペレーションに私がいると、後任が育たないという会社の判断だったのだと思います。」

ファイナンス・ファンクションは、入金確認、費用計上、資金繰り等、いわば経理の機能を担うところだ。

「まずは、今の業務のやり方を詳細に掴むことから始めました。今まで続けられてきた方法が、外部から来た私の新しい視点で見ると、必ずしもベストではないと気づくことがあります。外部から来たことをよい意味で利用し、業務の見直しを行っています。」

自身にとっても、新たなチャレンジであるという。

「オペレーションでそうであったように、ファイナンスでも、まずは社内の信頼を勝ち取ることが目下の目標です。」

アルバイトからでも、女性でも、関係ない。特に若い人にはそのことを伝えたいという。

「何も特別なことはしていません。女性だからという理由で、差別や特別扱いをされた記憶もありません。日本通信には女性社員も多いですが、皆フェアにチャンスを与えられ、評価されているように感じます。」

「日本通信は、地道に努力する人にきちんとチャンスを与えてくれる会社。特に若い人には、やりたいことがあれば、やりたいと口に出して欲しいと言いたいです。本当にやりたいことがあって、そのために勉強し、経験を積み重ねて努力していれば、いずれは必ずやらせてくれる日がきます。」

竹前のインタビューでは、「特別なことは何も」という言葉が何度も使われた。 そのとおり。竹前には自然体という言葉がよく似合う。若者に勇気を与える、そんなロールモデルなのかもしれない。


注:記載内容はすべて執筆当時のものです。